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東京高等裁判所 昭和32年(ネ)1448号 判決

控訴人(原告) 木原徳一

被控訴人(被告) 新潟県選挙管理委員会

原審 新潟地方昭和三一年(行)第一号(例集八巻六号108参照)

主文

原判決を左のとおり変更する。

昭和三十年五月二十四日執行の新潟県西蒲原土地改良区総代選挙の第六区選挙区における選挙に関し被控訴人が、昭和三十年十一月二日附でなした裁決中、選挙の効力に関する部分の取消を求める控訴人の請求を棄却する。

前項の裁決中、前示選挙の当選の効力に関する控訴人の訴願を棄却した部分を取消す。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。被控訴人が昭和三十年十一月二日付でなした新潟県西蒲原土地改良区総代選挙の第六区選挙区における選挙の効力並びに当選の効力に関する巻町選挙管理委員会の異議却下決定に対する訴願の裁決を取消す。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人代表者及び指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方代理人の事実上の陳述は、それぞれ左記の点を補足する外は、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

A、控訴人訴訟代理人の補足する事実上の陳述並びに法律上の意見。

一、竹田英夫及び梅田謙介が選挙権を有しなかつたことについて。

土地改良区の総代は組合員によつて選挙せらるべきものであり(土地改良法第二十三条第三項)、その組合員たる資格は土地改良法(以下単に法と略称する)第十一条、第三条によつて定まるもので、たとい形式的には選挙人名簿に有権者として登載せられていたとしても、実質的にその者が組合員たる資格を有しないときは選挙人として投票し得るものでないことは、同法施行令(以下単に令と称する)第十三条の規定に徴し疑いないところである。しかるに梅田謙介は、昭和二十九年春より東京都に転住し且つ本件土地改良区の地区内にある土地につき法第三条に規定する資格を有する者でない。また竹田英夫は、西蒲原土地改良区の組合員竹田又太郎を世帯主とする世帯員であつて、地区内に右英夫名義の土地があつたとしても、当該土地の所有者、耕作者は竹田英夫でなくその父又太郎である。従つて梅田謙介、竹田英夫は実質上組合員たる資格なく本件選挙につき選挙権を有しなかつたものである。

二、選挙無効について。

令第十三条該当者で投票しようとする者があるときは、選挙長は同令第十四条の規定により選挙立会人の意見をきいてその者の投票を拒否しなければならない。この令第十四条は選挙の管理執行に関する規定であつて、本件選挙に際し選挙長川島小三郎は竹田英夫と同字の館野(戸数三十数戸)の住人であり、梅田謙介も元同字の金子繁雄方に居住しており、同人等に当時選挙権のなかつたことを知悉していたに拘らず、その投票を拒否せずに故意に投票させたのは、右令第十四条に違反し同令第二十八条の選挙の結果に異動を及ぼすおそれある場合に該当し、第六区における本件選挙は無効である。

三、当選無効に関する異議申立の有無について。

本件選挙に関する異議申立書(乙第一号証)によれば、その表題には単に「選挙無効につき異議申立」と題するも、「申立の理由」及び「申立の原因」の項に記載するところを総合して考うれば、控訴人の異議申立の趣旨が有権者でない竹田英夫及び梅田謙介の投票の無効を争うものであり、単純な潜在無効投票の存在が選挙の無効よりもむしろ当選の効力に影響を及ぼすとの従来の判例に徴すれば、控訴人のした右異議申立は当選の効力に関する異議申立をも包含することは一見明白である。しかるに巻町選挙管理委員会は申立書の表題のみに捉われ、控訴人から申立の趣旨を聴取するなど申立書の実質的審査をせずに、控訴人の異議申立は選挙の効力についてだけのものとしてこれを棄却し、被控訴人も控訴人の訴願に対し選挙の効力に関する部分を棄却し、当選の効力に関する部分は異議申立を経ない不適法なものとして却下したが、被控訴人の右裁決はこの点においても違法として取消さるべきものである。

四、本件選挙の当選の効力に関し公職選挙法第二百九条の二の準用の有無について。

本件選挙において得票を得た者の氏名及びこの票数が被控訴人主張のとおりであることは認めるが、土地改良区の総代選挙については、公職選挙法を準用せず土地改良法施行令なる別個の選挙規定によるものであるから、潜在無効投票の処理について公職選挙法第二百九条の二の準用はない。そもそも同法条の規定は、昭和二十七年第十三国会において同法の一部改正により新たに設けられたもので、その適用並びに準用範囲は同法附則第二項及び同法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の調整に関する法律によつて指定せられており、同法律によつて特に地方自治法、漁業法、農業委員会法等に改正を加えて右改正した公職選挙法の準用を定めたにかかわらず、その後一部改正のあつた土地改良法及び同法施行令には、特に右規定は準用せられていない。被控訴人の主張する土地改良法施行令第三十一条の規定の如き本件の場合何等の根拠にならないのみならず、元来土地改良区の総代は農業委員会の委員の如きとその範囲性格を異にするため、総代の選挙については公職選挙法を準用せず、土地改良法及び同法施行令に規定したものである。従つて本件選挙の潜在的無効投票については、右公職選挙法第二百九条の二に準することなく、従前の判例として確立している処理方法に従うべきである。即ち前記竹田英夫、梅田謙介の投票は無効であるので、右二票を各当選者の得票より差引けば、当選者山田藤平の得票は三十票となり、最高位落選者南波重雄の得票より一票下位となり、次位落選者小林善一郎と同得票となり、右山田藤平に関する当選は無効となるものである。

B、被控訴人訴訟代理人の補足する事実上の陳述並びに法律上の意見。

(一)  竹田英夫及び梅田謙介が選挙権を有していたことについて。

右両名は、本件選挙当時(令第七条によれば土地改良区の総代の選挙の選挙人名簿は選挙の期日前二十日現在における組合員の資格にもとずき調製されることになつている)法第三条第一項第一号に該当するものとして組合員たる資格を有し、従つて選挙権を有するものである。即ち事業施行地域内に所有権に基ずき耕作の業務に供される農地として(1)竹田英夫は燕市大字館野三百九十九番田四畝十歩外合計一町三反四畝十四歩を所有し(乙第八号証の二及び乙第九号証参照)、(2)梅田謙介は同様大字館野八百二十二番田五畝九歩外二筆合計八畝歩を所有していた(乙第十号証参照)。尤も竹田英夫は竹田又太郎の長男であるけれども、当時父又太郎とは住居、経済生活を異にし別世帯にあつたものであり、仮りに父又太郎の世帯員に属していたとしても、耕作権は農地法第三条の規定により知事等の許可を得てこれを他に移転していない以上、当然所有者にあるものと謂うべく、世帯主でなくても耕作者たるを妨げない。また梅田謙介の所有地は公簿上梅田リセ名義のままとなつているが、梅田謙介は梅田リセの養子であつて、養母が昭和十九年五月二十日死亡し謙介がその家督相続をしたが、土地台帳面上未だ所有名義の変更手続を経ないため、なお養母リセの名義となつているに過ぎない。そして梅田謙介は燕市大字館野七百六番地に住所を有し(乙第十一号証の住民票参照)、当時一時出稼ぎに新潟市または東京都に出て行つたものであつて、昭和三十年中の大半は住所地に帰り右所有農地の耕作に従事していたものである。たとい不在中他の者が農地の耕作に当つていたとしても、これがため耕作権を失つたものでないことは勿論、土地改良区に属する町村に住所を有することは必ずしも組合員としての資格要件と関連のないこと定款第七条により明瞭である。

(二)  控訴人の選挙無効の主張について。

選挙長において、竹田英夫及び梅田謙介の両名が選挙権を有しないことを知りながら、故意に投票を拒否しなかつたという控訴人主張事実はこれを争う。右両名は従来組合員として扱われ且つ選挙人名簿にも登載されていたのであるから、投票を拒否しなかつたのは当然であり、控訴人主張のような事実はあり得ない。また選挙権のない者が投票したとしても選挙の管理執行に関する規定の違反とはいえず、元来無資格者の投票の存在は、いわゆる潜在的無効投票としてその個々の投票が無効とされるにとどまるから、当選無効の原因となるは格別選挙無効の事由となるものでない。

(三)  当選無効に関する異議申立の有無について。

控訴人の異議申立書(乙第一号証)を仔細に考察してみても、選挙の無効を主張していることは明らかであるが、当選無効を主張していると認められる内容はなんら存しない。しかも異議申立の内容として本来当選無効事由に属すべき事項の記載があつたとしても、それを選挙無効の事由として主張し当選無効を求める主張が存しない以上、これを当選争訟として審理することは許されず、従つて巻町選挙管理委員会が控訴人の異議申立を、選挙の効力に関する異議申立のみと解してこれを却下し、被控訴人新潟県選挙管理委員会が、控訴人の訴願に対し、当選無効を主張する部分は異議申立の段階を経ない不適法なものとして却下したのは相当であつて、この点においても何等違法の廉はない。仮りに前示異議申立が当選の効力に関する異議申立をも包含するとしても、竹田英夫及び梅田謙介は前述の如く選挙権を有していたのであるから、最下位当選人山田藤平の当選は無効とならず、結局控訴人の訴願を排斥した本件裁決は正当であるに帰する。

(四)  仮りに竹田英夫及び梅田謙介が選挙権を有せず本件選挙において潜在的無効投票が二票存在していたとしても、この場合公職選挙法第二百九条の二に準じて当選の効力を判断するのが相当であり、右により各得票者の得票数を再計算するときは、別表のとおり得票順位には異動を及ぼさない。―右の如く公職選挙法第二百九条の二に準じて当選の効力を判断するのが相当であるとする理由は次のとおりである。土地改良区総代選挙に関する規定は土地改良法施行令に定められており、公職選挙法の準用はないけれども、(イ)同令第三十一条の特別な場合の措置として規定せられているところにより、潜在的無効投票に関しても公職選挙法第二百九条の二によつて措置するのが至当である。(ロ)更に土地改良法施行令において、総代の選挙に関し特別の規定がない場合には選挙の基本法である公職選挙法の規定に準じて処理することが条理に適合するものである。しかも公職選挙法第二百九条の二は、潜在的無効投票に関し特別の規定のなかつた従前の取扱の不合理を是正し、確率論的に考えて一層合理化するため昭和二十七年公職選挙法の一部改正において新設され、しかもこの規定は選挙管理委員会が法律の定めによつて管理する選挙、投票に亘つて適用または準用されることになつたが、土地改良区総代の選挙についてはその規定がすべて省令に定められている関係で、立法的措置がなされなかつたに過ぎないのであつて、特に前示規定の準用を排除する趣旨でないと解する。

C、左記の点については当事者間に争がない。

(一)  本件第六区選挙区における開票区は右選挙区を通じ一開票区であつた。

(二)  総代選挙の法定得票数については定款及び規約に何等の定めはない。

(証拠省略)

理由

新潟県西蒲原土地改良区の組合員である控訴人が昭和三十年五月二十四日施行された同土地改良区総代選挙に際し、その第六区における選挙人であつたこと、控訴人がその主張のような理由にもとずき、同年五月二十七日当該巻町選挙管理委員会に対し右選挙の効力に関し異議の申立をしたところ(当選の効力に関する異議申立をも含むかは後に判断する)、同年七月九日右異議申立棄却の決定があつたので、控訴人は更に同年八月二十五日右決定に対する訴願を被控訴人に提起したが、同年十一月二日訴願棄却の裁決があり、右裁決書は翌三日控訴人に送達せられたことは、当事者間に争なく、控訴人が昭和三十一年一月二十一日被控訴人を被告として前示裁決取消の訴を原裁判所に提起したことは記録に徴し明らかである。

ところで土地改良区の総代選挙については公職選挙法の適用または準用なく、土地改良法(以下単に法と略称する)及び同法施行令(以下単に令と略称する)の定めるところによるべきところ(法第二十三条第四項参照)、法及び令には選挙の効力または当選の効力についての訴願に関する都道府県選挙管理委員会の裁決に対しては、特に訴を提起し得る規定はないけれども、本件土地改良区の組合員で第六区選挙区の選挙人であつた控訴人としては行政事件訴訟特例法による通常の抗告訴訟として本件訴願裁決取消の訴を提起する法律上の利益ありというべく、前示経過事実と関係法令に照せば控訴人の本訴提起は適法である。

第一、本件選挙の無効を前提として前示裁決の取消を求める請求についての判断。

控訴人は、前示選挙において投票した竹田英夫及び梅田謙介は選挙権を有せず令第十三条(投票のできない者等に関する規定)に該当するにかかわらず、選挙長川島小三郎は右事実を知りながら故意に右投票を拒否せずに投票させたのは、投票の拒否に関する同令第十四条の選挙の管理執行に関する規定に違反し、且つ選挙の結果に異動を及ぼすおそれある場合に該当するから、本件選挙は無効であり、これを有効であるとの見解の下に選挙の効力に関する控訴人の訴願を棄却した原裁決は取消を免れないと主張する。

そこで按ずるに、前示選挙において前示竹田英夫及び梅田謙介の両名が投票したこと及び同人等が選挙人名簿に登載されていたことは、当事者間に争はないが、右両名が本件選挙に際し果して選挙権を有していたか否かの実質上の判断はしばらく措き、原審及び当審証人川島小三郎の証言並びに成立に争のない乙第五号証の一、二によれば、右川島小三郎は本件選挙に際し選挙長であつたところ、前記竹田英夫及び梅田謙介は選挙人名簿に登載されており、且つ従来前示土地改良区の組合員として取扱われてきた関係上有権者であることにつき何等の疑念をも抱かずにその投票を拒否しなかつたに過ぎないことを窺い得べく、控訴人主張のように選挙人名簿に登載されていてもその実選挙権のないこと明白であるに拘らず、故意に投票を拒否しなかつたという事実は、これを肯認するに足る証拠はない。凡そ適法な手続により確定せられた選挙人名簿に登載せられている者は、選挙権の存在を公に証明せられている者であるから、一応は選挙権があるものと推定せられるべく、投票管理者は投票に際し、選挙人の選挙権の有無につき実質的審査権限はあつても、その義務はないと解すべきであるから前示認定の如く本件選挙において選挙長川島小三郎が前示竹田、梅田の両名について特に実質的選挙権の有無について調査することなく、名簿に登載されている事実だけでこれを正当な選挙人として取扱つたとしても、選挙規定に違反するものでない。従つて控訴人が本件において選挙の管理執行に関する手続規定の違反であるとする、選挙長が右両名の投票を拒否しなかつたこと自体は(控訴人は、本訴において右両名は選挙人名簿に登載されていても実質上選挙権を有しなかつたと主張するだけで、選挙人名簿の調製ないし確定につき手続規定に違反するとの点は別に主張していないのである)、選挙の管理執行に関する規定に違反するものでないから、少くとも選挙無効の原因となり得ない。ただ若し前記両名にして実質上選挙権を有しないとすれば、かかる無資格者の投票の存在は潜在的無効投票として当選無効の原因となるに過ぎない。

してみると結局、本件選挙の無効を前提としてなした控訴人の訴願を右と同趣旨の下に棄却した原裁決は、相当であつて、この点に関する控訴人の請求は理由がない。

第二、本件選挙の最下位当選者山田藤平の当選の無効を前提として当選の効力に関する前示裁決の取消を求める請求についての判断。

(イ)、当選の効力に関する異議申立経由の有無について。

令第二十七条によれば、選挙の効力に関する異議申立と当選の効力に関する異議申立とは、截然区別されており、それぞれの異議を経由して訴願を提起し得べきものであることは、被控訴人主張のとおりである。

ところで選挙に関する異議申立の趣旨が選挙の効力に関するものか、当選の効力に関するものかは、単に異議申立書の表題によつてのみ決すべきでなく、その申立書全体の趣旨を考察して判断すべきものと解すべきところ、成立に争のない乙第一号証(本件異議申立書)によれば「選挙無効に付き異議申立」と題し、その申立の原因として、本件第六区選挙区(第六投票所とあるは誤記と認める)において投票した者のうち竹田英夫、梅田謙介の二名は有権者でないにかかわらず有権者名簿に登載し投票せしめたのは無効である旨の記載があること、並びに弁論の全趣旨によつて認め得る如く、当時既に各当選者及び落選者の得票数が判明し、最下位当選者山田藤平の得票が三十二票、次順位南波重雄及び小林善一郎の得票数がそれぞれ三十一票及び三十票であつた事実(右各得票数については当事者間争がない)をも勘按すれば、右異議申立の趣旨は、異議理由のあたつているかどうかはしばらく措き、これを事由として右選挙の効力を争うと同時に、予備的にかかる潜在的無効投票の存在を理由とする当選の効力に関する異議申立をも含む趣旨と解するのが相当である。

してみると巻町選挙管理委員会が、右異議申立を選挙の効力に関する異議申立のみと解し、これを却下し、被控訴人が控訴人の訴願に対し当選の効力を争う部分については、異議申立の段階を経ない不適法な訴願としてこれを排斥した点は、違法たるを免れない。

しかし若し前示竹田英夫及び梅田謙介の両名が選挙権を有していたとすれば、最下位当選者山田藤平の当選の効力には何等の影響なく、理由はともかく当選の効力に関する控訴人の訴願を排斥した前示裁決は結局において正当であるに帰し、これを取消す必要もなくなるから、次に右両名の選挙権の有無について考察する。

(ロ)、竹田英夫及び梅田謙介の選挙権の有無について。

土地改良区の総代は組合員のうちから組合員がこれを選挙すべきものであり(法第二十三条第三項)、その組合員たる資格は法第十一条により、法第三条に該当する者であることを要することは関係法規に照らし明らかである。ところで被控訴人は、前示竹田、梅田の両名は本件選挙当時法第三条第一項第一号に該当する者として組合員たる資格を有し、従つて選挙権を有していた旨主張するに対し、控訴人はこれを争うのでこの点につき審究する。

(1)  成立に争のない甲第八号証の一、二、同第九号証(同号証は昭和三十二年十月三日現在の土地台帳の謄本であるが、乙第八号証の二その他後記引用の証言と対照すれば、本件選挙当時も右甲第九号証記載の農地を所有していた事実を推認せしめるに足る資料となるものである)、当審証人竹田英夫、同川島小三郎、同高波平三郎、同東樹源治郎、同南波重雄、同小林善一郎の各証言を総合すれば、竹田英夫は前示選挙当時、本件土地改良区の組合員であつた父又太郎とは世帯を同じうしていたが、同土地改良区の事業施行地域内である燕市大字館野に、父の所有耕作する農地以外に単独で一町余反の農地を所有し、耕作の業務に従事していた事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。控訴人は、竹田英夫は父又太郎の世帯員であつてたとい英夫名義の農地があつたとしても、当該土地の所有者、耕作者は英夫でなく父又太郎である旨主張するけれども、同一世帯に属する故を以てかく解しなければならぬ道理はない。また組合員たる資格ないし総代の選挙の選挙権については、一世帯一個に限定する趣旨であるとは、少くとも法及び令の規定からはその根拠を見出することはできないし、成立に争のない甲第十二号証の一、二の定款、規約にもこの点に関する特別の定めなく、農地法第二条第五項の規定も同法の適用に関する特別であつて前示の場合に準用して解すべきでない。してみると竹田英夫は本件選挙当時法第三条第一項第一号の事業施行地域内にある土地について、所有権にもとずき耕作の業務の目的に供される農地を所有する者として、組合員たる資格、従つて選挙権を有していた者であると断定する外はない。

(2)  次に成立に争のない乙第十号証当審証人梅田謙介、同川島小三郎、同高波平三郎、同東樹源治郎、同小林善一郎の各証言を総合すれば、梅田謙介は、幼少のときから梅田リセの養子となり、養母死亡後その家督相続をした者であるが、本件選挙当時を通じ本件土地改良区の事業施行地内である燕市大字館野に亡梅田リセ所有名義のまま田畑約八畝歩を所有していたけれども、同人は本件選挙の前である昭和二十八、九年頃から新潟市、次いで東京都に転住して別の生業に従事していたものであつて、本件選挙の前後には右所有農地について所有権にもとずき耕作の業務を営んでいたものでないことを、認めることができる。当審証人梅田謙介の証言中、右認定に反する部分は採用し難く、成立に争のない乙第七号証、第十一号証によつても右認定を覆すに足りない。その他法第十一条、第三条第一項各号により右梅田謙介において当時本件土地改良区の組合員たる資格を有していた事実を肯証するに足る資料のない本件にあつては、右梅田謙介は組合員たる資格ひいて本件選挙の選挙権を有しなかつたものと断定せざるを得ない。

然らば本件選挙には梅田謙介の投票した潜在的無効投票が一票存したこととなる筋合である。

(ハ)、公職選挙法第二百九条の二の準用の有無について。

被控訴人は土地改良区の総代選挙についても、直接の明文はないが、潜在的無効投票に関する公職選挙法第二百九条の二に準拠して当選の効力を判定すべきであると主張し、(い)その根拠として令第三十一条を挙げているが、同条は天災事変その他特別の事由が生じた場合の規定であつてこれを以て右準用の根拠となし難い。(ろ)被控訴人はまた条理上同法条に準拠して当選の効力を判定するのが、より合理的であると主張する。そこで考うるに公職選挙法第二百九条の二による潜在的無効投票の処理は同法第九十五条の規定による有効投票の計算について適用されることになつているが、右九十五条の規定は当選人の決定に関する原則を示したものであり、(1)比較多数得票主義と(2)法定得票数の規定を内容とするものであるところ、本件土地改良区の総代選挙における如く当選者の法定得票数につき特別の規定のない場合(法及び令には勿論、定款規約にも法定得票数につき別段の定めのないことは当事者間に争がない)にも右第二百九条の二を準用するということになると法定得票数の算定に関する右(2)の意味はなくなり、結局右(1)の比較多数得票の計算についてのみ準用の意味あることに帰する。しかもこの場合一選挙区に数開票区ある場合は格別本件のように一選挙区につき一開票区である場合(この点については当事者間争はない)に前示法条によつて有効投票を算定してみても、得票数の比較多数の順位に変動を生ずること論理上あり得ないことは極めて明白であつて結局同法条を準用することは無意義であるといわねばならず、換言すれば法定得票数について特別の定めなく且つ一選挙区一開票区の下における本件総代選挙につき前示公職選挙法第二百九条の二に準拠するとすれば、如何に多数の潜在的無効投票が混入する場合でも当選の効力には常に何等の影響を及ぼさないという結果を容認せねばならないこととなる。

よつて本件の場合前示公職選挙法第二百九条の二に準拠して当選の効力を判定することが条理にかない、より合理的であるという被控訴人の主張には俄かに左袒できない。

(ニ)、山田藤平の当選の効力

本件第六区選挙区の総代選挙における当選人及び落選者の各得票数が別表記載のとおりであること、従つて最下位当選人山田藤平の得票数と最高位落選者南波重雄の得票数とはその差一票であることは、当事者間争のないところである。そして前示(ロ)に説示する如く潜在的無効投票が一票存し、また(ハ)説示のとおりこの場合公職選挙法第二百九条の二の準用もないとすれば、従前の判例の示す如く当選者のひとりびとりについて右無効投票が投ぜられたものと仮定して各その得票数からこれを差引き、しかもその残余の得票数が最高位落選者の得票数より多い者は無効投票によつて当選に影響を受けないものということはできるけれども、前示認定の如く最下位当選人山田藤平の得票数は最高位落選者南波重雄の得票数とはその差一票であるから、右潜在無効投票一票を前示山田藤平の得票数から控除するときは、両者の得票数は同数となり、山田藤平の当選は右無効投票によつて影響を受ける可能性があるものとして、これを令第十八条にいう「有効投票の最多数を得た者」と断定できない筋合であつて、同人の当選は無効と判定する外はない。

(ホ)、上記第二の(イ)説示のように本件異議申立には予備的に当選の効力に関する異議申立を含むと解せられ、更に同(ニ)説示の如く本件第六区選挙区の総代選挙の最下位当選人山田藤平の当選が無効であると判定される以上、被控訴人が前示同人の当選の効力に関する控訴人の訴願を前示理由の下に排斥した点は違法として取消を免れない。因みに本件選挙の潜在的無効投票に関し、当選人及び落選者の各得票全部について公職選挙法第二百九条の二を準用して有効投票を算定したものでなく、潜在的無効投票のすべてがそれぞれ当選人に帰属した場合の落選の可能性についてのみ判断した結果当選の効力に影響を受けるおそれのある最下位当選人山田藤平の当選を無効と判定したのであつて、もとより落選者の当選可能性を判断することはできないものであるから、本件の場合令第二十三条の適用の余地のないことを附言する。

以上説示の理由により被控訴人の前示裁決は選挙の効力に関する控訴人の訴願を棄却した部分は相当であつて、この部分につき右裁決の取消を求める控訴人の請求は理由なくこれを棄却すべきものであるが、当選の効力に関する控訴人の訴願を排斥した部分は違法として取消を免れない。

よつて原判決を主文第二、三項記載の如く変更すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条、第九十二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤直一 坂本謁夫 小沢文雄)

(別紙)

得票再計算表

投票を得た者の氏名

得票数

潜在無効投票二票を各得票数に按分した数

得票数より上記を差引いた数(再計算した得票数)

小林源助

四四

〇、二九九

四三、七〇一

酒井正五

四二

〇、二八五

四一、七一五

田村弥三郎

四一

〇、二七八

四〇、七二二

小林三作

三八

〇、二五八

三七、七四二

高波一二

三五

〇、二三八

三四、七六二

山田藤平

三二

〇、二一七

三一、七八三

南波重雄

三一

〇、二一〇

三〇、七九〇

小林善一郎

三〇

〇、二〇四

二九、七九六

梨本兵部

〇、〇〇六

〇、九九四

二九四

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